初手術!鼠径ヘルニアという名の脱腸な君
5月13日私は新宿のクリニックを訪れた。
ずっと気になっていた、左側の下腹部のでっぱり。
これがなんなのかを診てもらうためである。水が溜まっているのか、ガン的なやつなのか、水子の霊が憑いているのか…(生々しいので絵は天使にしておきます)。
初老の先生にさっそく診察してもらうとすぐにその正体がわかった。
鼠径ヘルニアまたの名を脱腸。
腹の筋肉の弱まったところから腸が「ひょっこり」している病で、命に関わる事はないが放っておいても治る事はなく、生涯腸が「ひょっこり」した人生を歩まざるを得ない。
もし、地方の女子高生と心と体が入れ替わったとしても私の(彼女の)下腹部の腸は「ひょっこり」したままだし、記憶が一週間しかもたない上で恋愛したとしても腸は忘れず「ひょっこり」としているのだ。
そんなことが人に知れたら周りから「腸さん」と親しげに呼ばれること請け合いだ。
そんな鼠径ヘルニアの対処法としては下腹部を切開し、メッシュで補強する手術しか手はないという。
私はいままでの人生で自分の身体にメスを入れさせたことがない、それがいきなりの手術提案、もし、私が江戸時代の武家だったら思わずこう叫ぶところだ。
自分の肉体にメッシュという人工物丸出しのものを埋め込むのも気がひける。
「わしゃ肉抜きしたミニ四駆かい!」という突っ込みが心のなかでこだまする。
しかし、まだ、長いであろうこの先の人生、腸が「ひょっこり」したままでは気になってしかたないので、渋々手術の同意書にサインをし、次の週の土曜日に日帰り手術するはめになった。
人生初の手術…、全身麻酔である。
眠っている間に強化人間にされて、ニュータイプ専用機に乗って戦うはめなり、挙げ句の果てに「あいつは強化しすぎた」なんて言われたら、どうしようなどと内心かなりショックを受けたまま、血液検査、心電図をとって病院をあとにする。
よほど動転したのか、帰り道、駅ナカのデパ地下で一度も食べた事もないたい焼き屋のたい焼き(クリーム味)をエスカレーターに乗りながら頬張っていた。
そして、一週間後の20日、いよいよ人生初の手術を迎える。
朝起きて、まずは剃毛する。バリカンで短くした後、剃刀で手術する左側の下腹部の毛をジョリジョリと始末していく。
いつもは髭のいらない部分を剃る役目を担っている剃刀さんが「ついにイカれたか…」といらぬ心配をしている。
丸ノ内線に乗って新宿へ向かう。
土曜日の朝の車内はこれから行楽地へ行く人々の含み笑いで満ちている、それなのにこっちはこれから切腹じみたことをしなくてはならないのだ。
雲ひとつない快晴の夏日すら憎い。
外科クリニックに着くと、まずは先生の診察を受けた。血液検査、心電図、ともに問題はなかったそうだ。
手術する前にリカバリー室に通され、そこで手術着に着替える。
手術する箇所に確認のために赤い星型のシールを貼っておくように言われる。
自分の人生のなかで下腹部を剃毛した上に、そこに星のシールを貼る日が来るなんて思いもしなかった。
(生々しいので天使で描いておきます)
飛行機で提供されるようなスリッパを履き、青い手術帽をかぶったら準備完了だ。
隣の手術代に寝かされると、例の手術感満載のライトが眼前に広がっていた。
着々と全身麻酔の点滴が行われる。
ふと、鍛え抜いた精神力によって全身麻酔に耐え抜き「この人…麻酔が効かない…なんて漢なの…」みたいな感じで美人な看護師さんをメロメロにしたいと考えた。
しかし、あにはからんや現代医術というのは偉大なもので、ふっと目が覚めたら手術は無事終わっていた。
朦朧とする意識のなかで看護師さんが「リカバリー室でお休みください、お飲み物は何になさいますか?ジュース、お茶、コーヒーなどございますが」と尋ねられたので手術台から起き上がりながら蚊の鳴くような声で「アイスコーヒーをお願いします…」と注文した。
私のアイスコーヒー人生のなかで最弱の「アイスコーヒー」だったと記憶する。
その後、ふらふらする足をうまくコントロールして薬局で薬をもらい、家に帰り、昨日丸めておいたハンバーグを焼いて昼食をとって薬を飲んでこの記事を書いている。(痛み止めの座薬を初体験した)
こうして、私の鼠径ヘルニアの手術は終わった…。
くしゃみすら命がけの生活を強いられているが、こんな記事を書けるくらいには元気である。
私の下腹部の左側には今もメッシュが入っている。これらの人生を私はこのメッシュと歩んでいくのだ。
肉抜きしたミニ四駆のように…。
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